「……おめでたですな」
医師から告げられたのは予想だにしない一言だった。
※この記事は連載シリーズです。初見の方は下記の2記事を予めご覧ください。
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“予想だにしない一言”と言ったが、ある程度は感じていた。自分の体内に新しい生命が宿っていたことを。それでも医師に尋ねる。
俺「……つまり、俺が妊娠していると」
医師「ええ、間違いないですね」
俺「でも、俺は男……」
医師「宇宙、そして地球」
俺「えっ?」
医師「宇宙や地球が誕生したのは奇跡的な確率です。そんな奇跡があるならば、男性が妊娠したとしてもなんら不思議ではないでしょう」
俺「なるほど」
医師「あなたは既に妊娠9ヶ月目です。来月には産まれてきますよ。あなたの子供が」
俺「男の子ですか、女の子ですか」
医師「女の子です」
俺「そうですか、ありがとうございます」
医師に礼を言うと、俺は椅子から立ち上がり診察室を後にした。
本田と付き合うようになってから俺と本田は愛を何度も確かめ、身体も重ね合った。初めての恋、初めての愛、俺と本田のぶつかり稽古を止められる者は誰一人居なかった。
そうして、幸せな日々が続いていたのだが、突如身体に異変を感じた。体内の違和感。倦怠感。何かが自分の体内を破って外に出てこようとしているかのような感覚。
妊娠。
その2文字が頭によぎったのは最近のことだった。そして、産婦人科に行ったら、晴れて“おめでた”というわけだった。
ガチャリ
本田「ど、どうだったでごわすか!!」
俺は微かに笑みを浮かべて本田に言う。
俺「“おめでた”だってさ」
本田「つまりそれは……」
俺「お前と俺の子供だよ」
本田「やったでごわすな!産まれてくるのは男でごわすか?女でごわすか?」
俺「女の子だって。来月には産まれてくるってさ!!」
本田「女の子でごわすか。可愛い子だといいでごわすな」
俺「お前に似ていたとしら、スーパー頭突きでお腹破ってくるかもな」
本田「冗談キツいでごわすよ」
本田は俺が出産を恐れていることを察知している。確実に。俺の恐怖心を読み取ったからこそ、冗談にも乗ってきてくれる。本田はそういう奴だ。だから好きだ。
本田と俺の子供が産まれてくるのは素直に嬉しい。ただ、出産しなければならないという事実も恐ろしい。自分の身体が耐えられるのか、ただただ不安なのだ。
本田「……するでごわすか?」
俺「え?」
本田「晩ごはんどうするでごわすか?奮発してすき焼きにしようかと思っているのでごわすが」
俺「すき焼きか、いいね。頼むよ」
本田「合点承知の助でごわす」
すき焼きの材料をスーパーで購入し、黄昏時の商店街を2人並んで歩く。コロナ禍のせいか道行く人の数は少ない。
俺「思えば」
本田の反応を待たずに続けて言う。
俺「捨てられたお前を拾ったのが全ての始まりだったよな」
本田「ごわすな……」
俺「良かったよ、お前と会えて。お前がスト5で弱体化されて、飼い主に捨てられていなければ、こうして出会うことも無かったよな」
本田「それは自分もでごわす。今となっては自分を捨てた飼い主に感謝しているくらいでごわすよ……」
俺「偶然じゃなく運命、そう思わないか?まるで全てがあらかじめ定められていた、そんな風にさえ思えるんだ」
本田「ごわす」
俺「頑張って元気な子を産むから……それまで支えてくれよな」
本田「当たり前でごわすよ!な~に弱気になってるでごわすか!」
俺「そうだよな、弱気になってちゃダメだよな。これから親になるんだもんな」
重要なことに気付く。
俺「俺と本田、どっちがお父さんでお母さんになるんだ?」
本田「それは……、自分がお父さんだと思うでごわすよ」
俺「だ、だよな。俺が産むから、俺がお母さんだよな」
家に着いた。
本田「ちゃちゃっとすき焼き作るでごわす。後は自分に任せて座っていてくれでごわす」
俺「うん、頼む。流石に身体が重くて」
身体が重い。俺の身体の中に本田との愛の結晶が宿っている。この重さは、その生命の重さでもあるんだ。
……
…………
本田「出来たでごわすよ!」
俺「おー、美味そうだ!」
俺「あー食った食った!すき焼きは最高だぜ」
本田「ごわすな。毎日食っても飽きないでごわす」
俺「食べたら眠くなったし、もう寝るよ」
本田「自分も寝るでごわす」
俺「じゃあ、一緒に寝よっか」
……
…………
……医者から妊娠を告げられてからひと月が経ち、いよいよ出産の日がやって来た。
俺「んじゃ、行ってくるわ」
本田「……」
俺「なに悲しい顔してんだよ!大丈夫だって。ちゃちゃっと産んで、帰りはちゃんこ鍋だよ!」
本田「……ごわす!頑張るでごわすよ!」
医師「俺さん、そろそろ……」
俺「あ、はい。じゃあ本田、また後でな」
本田「コクン」
分娩室に入り、いよいよ出産のときだ。
医師「さあ力んで!ハイッハイッ!!」
俺「小中中!小中中!」
医師「もっと!力入れて!ハイッハイッハイッ!!」
俺「小中中!小中中!小中中!」
医師「そうら頭が出てきた!!ハイッハイッ!ハイッハイッ!声出して!!」
俺「小中中!小中中!小中中!」
看護婦「いい調子ですよ!もっとリズミカルに!ハイッハイッ!!ハイッハイッ!!」
俺「むうう~ん!小中中!小中中!小中中!!」
医師「後少し!ヨサホイ!ヨサホイ!ハイッハイッ!!エンヤーコラサッサー!!」
俺「小中中!小中中!」
医師「あと一息!頑張って!!ハイッハイッ!!ハイッハイッ!!」
パンパン
パンパン
医師が手拍子で応援する。
俺「小中中!小中中!……小中中!!」
こちらもラマーズ法で応える。
看護婦「お腹まで出てきた!あと最後!足が出れば終わり!頑張って!ハイッハイッ!!」
医師「最後だよ最後!あと1回力めば終わり!いっけええええ~!!」
俺「小中中!小中中!小中中大!!!」
ポコン
俺「あ」
医師「産まれましたよ!!」
医師に言われるまでもなく理解った。いま、産まれたのだ。俺の身体の中から、俺と本田の愛の結晶が、産まれて出てきてくれたんだ。愛しい生命が、いま地球に降り立った。
看護婦「チェック完了!健康状態異常無し!健やかな赤ちゃんです!!」
俺「良かった……」
医師「旦那さんお呼びしますか?」
俺「あ、お願いします……」
医師が本田を呼びに行ってくれた。
本田「おお、この小さい玉のような赤ちゃんが……」
俺「そうだよ、俺達の子だよ」
本田「…………」
本田の目に涙が浮んでいる。当然だ。俺だって泣いている。
なんというか、宇宙がこうやって、生命の循環によって数千年数万年と続いているんだなとか、そんな良くわからない壮大なスケールで物事を考えてしまって、それが凄いことなんだなって、自分が子供を産んでから実感した。
生命の物語が途切れることはなくて、遺伝子のリレーが、自分が死んだあとも、この子がバトンを受け取って、また次の世代に繋いでいってくれるんだなって。
【10 YEARS AFTER】
「いってきま~す!」
俺「コラ、ランドセル忘れてる!」
「あ、そうだった~!!いってきま~す!」
ビュンッ
俺「EXスーパー頭突きは中学生になるまで使っちゃダメっていつも言ってるでしょ!っはぁ~」
本田「はは、相変わらずでごわすな、本子(もとこ)も」
俺「誰に似たんだか……あの子のEXスーパー頭突きを見ると、昔を思い出すよ。お前が急にEXスーパー頭突きで出ていってさあ」
本田「そ、それは忘れてくれでごわすよ!じゃ、じゃあ自分も会社に行ってくるでごわす!!」
ビュンッ
本田は主婦になった俺と、娘の本子を養うため、今は運送会社で働いている。
俺も、本子が中学生になったら職場に復帰するつもりだ。
私の人生は、本田と本子のためにありました。愛する夫と娘のために、私は遥か昔から繋がれてきた命のリレーの走者となったのです。
本子が大きくなったら、自分と同じように愛する人を見つけ、私達の想いも繋がれていく。この生命がいつか消えたとしても、愛する想いが潰えることはない。
FIN