ストリートファイター6

【格ゲーラノベ】エドモンド本田工場~頭突きは空の彼方へ~

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【本田工場】

この物語はフィクションです。実在のエドモンド本田やゲームなどとは関係ありません。

【プロローグ】

――S県T市にある「エドモンド本田工場」は多忙を極めていた。

日本国内では唯一、エドモンド本田を生産している工場である。

多忙の理由は『ストリートファイター6』発売に伴い、急激にエドモンド本田の人気が出始めたからである。その人気の秘密は強さにあった。

見た目よりもとにかく勝てるキャラを使いたい。そんな要望に応えたのが『ストリートファイター6』のエドモンド本田だった。

『ストリートファイター5』では弱キャラ扱いされていたため生産数も少なく閑散とした職場だったが、いまは工場長の怒号が常に飛び交っている。

「生産急げ!何やってんの!!」

工場長が叫ぶ。

「ったく、今日のノルマは100体だってのに……。」

1日に100体製造していても追いつかないくらいのエドモンド本田特需が起きていた。『ストリートファイター5』では考えられなかった事態だ。

ガァー、ガァー。

エドモンド本田を造る装置の音が工場に響き渡る。

「「「ゴワスゴワス。ドスコイドスコイ。」」」

耐久テストのため、1日に1万回のスーパー頭突き・百貫落としを強いられるエドモンド本田たち。

耐久テストを含めた様々な検査を乗り越えると、晴れて“エドモンド本田”として市場に並ぶ。

工場は忙しい。それは明日も、明後日も――。

【第1章~目覚め~】

「……きろ!起きろ!」

ガンガンッ

「ゴワ……?」

「起きろつってんだよポンコツ!!」

ガンッ

「ゴワス!!(ビクゥ)」

「目が覚めたか。意識、オールグリーン……と。お前はエドモンド本田だ。それ以上でもそれ以下でもない。分かるか?ちょっとスイッチを入れるから待ってろ。」

ピッ

目の前に居る強面の人間がそう言い終わると同時に、手に持っていたリモコンのボタンを押した。その瞬間、自分の身体にピリッとした電流が走った。

「ゴワヌフゥッ!」

……理解した。

自分がエドモンド本田としてこの世に生を受け、これから何をすべきかを。

「分かったか?これから1ヶ月に渡って耐久テストをおこなう。そのテストをクリア出来れば、お前はエドモンド本田として市場に出荷され、晴れて人間様の役に立てるわけだ。」

「ド、ドスコイ……。」

自由に発せられる言葉はゴワス、ドスコイの2種類しかなかった。エドモンド本田は“そういう風に作られている”からだった。

「今日は初日ってことでメニューは軽くしてある。スーパー頭突き5000回、スーパー百貫落とし5000回だ。ついて来い、案内してやる。」

工場の作業員に言われるがままついていく。

「「「ドースコイ!ドースコイ!」」」

自分と同じ、エドモンド本田の声が聞こえてきた。そうか、彼らも……。

「ここだ。」

作業員がドアを開けると数十体……いや100体を超えるエドモンド本田が飛び交っていた。“ドスコイ”の掛け声と共に。

「お前も今日からここで耐久テストをするんだ。さっきも言った通り、初日だからスーパー頭突き、スーパー百貫落としをそれぞれ5000回ずつでいい。スーパー頭突きは正面200mにある的まで突っ込め。じゃあ始めろ。」

「……ゴワ?」

「始めろって言ってんだよポンコツ!!」

ガンッ

作業員に蹴られ、身体が反射的に動く。

「ゴワス!スーパー頭突き!!」

バシュンッ

身体が宙に浮く。

ビューン

これがスーパー頭突きというヤツか。風が心地良い。

ビュンッビュンッ

他のエドモンド本田が自分を追い抜いてスーパー頭突きで的に突進していく。

ビューンッドンッ!!

的に当たった。どうやらあっという間に200m先まで飛んでいたようだ。

「よーし新入り、そこで待ってろ。」

拡声器で声をあげる作業員の指示に従い、待機する。

そのうちに作業員がやってきた。

「初日にしては中々良い速度は出ていたと思うが、どんなもんかな。……時速60kmか。悪くない。よし、じゃああと4999回こなせ。オレは他の本田も見なきゃいけないからサボらずやれよ。」

「……。」

「返事ィ!!」

「ゴ、ゴワス!!」

作業員に言われるがまま、無我夢中でスーパー頭突きをこなしていた。

耐久テストというだけでなく、スーパー頭突きには一定の速度も求められるようだ。

3000回を越えたあたりで頭が痛くなってきた。

これを毎日……?市場に出るまで……?

「ドースコイ!ドースコイ!」

“人間”のように自由に声も出せない。ドスコイ、ゴワス、そして技を繰り出す時のセリフしか自分の身体にはインプットされていなかった。他のエドモンド本田たちも同じなのだろう。

スーパー頭突きを何度も何度も繰り返している途中、この建物に雨漏りがあることに気付いた。

しかし、それが雨漏りじゃなかったことに気付いたのはそこから5分も経たないうちだった。

……泣いていたのだ、彼たちは。

自分以外の、無数に飛び交うエドモンド本田が涙を流しながらスーパー頭突きをしていたのだ。高速で突進しているエドモンド本田の涙が、自分の身体に当たっていたのだ。

その涙は、自由に言葉も発することが出来ないエドモンド本田の声にならない慟哭だった。

自分もそのうち彼らみたいに“壊れる”のだろうか。

そう考えているうちに作業員に指示されたメニューは終わった。

【第2章~生きるとは~】

――10日が経っていた。

自分がエドモンド本田として生まれたと同時に、人間に使われるための製品として耐久テストを始めてから10日間が経った。

毎日やることはスーパー頭突き1万回、百貫落とし1万回。

朝8時に起床し、9時から12時まで耐久テスト。昼休憩が1時間あって、13時から17時まで再び耐久テスト。残業はない。ハッキリ言って地獄だ。

だが、それが終われば楽しいこともある。耐久テストが終わったあとは豪勢なちゃんこ鍋が夕飯で待っている。その後は大浴場で湯船に浸かることも出来る。

このメシと風呂の時間だけは、他のエドモンド本田もなんだか幸せそうな顔をしていた。感情など全く読み取れないが、雰囲気ってやつだ。

しかし、唐突に虚しさみたいなものが胸に込み上げてくる。

突然に、この地球という世界に生みだされ、エドモンド本田として生きることを定められた。生み出したのは人間だ。人間を生み出したのは誰だ?誰かが人間を生み出したのなら、それを生み出したのは誰だ?

一体、生きるとは何なんだ?そんな疑問が頭の中を駆け巡ることが度々あった。

エドモンド本田として、人間様に使われる良質なキャラクターになって、他の工場で生産された知らないキャラクター達と戦う。この地獄のような耐久テストを終えて待っているのは、そんな人生だ。

戦いの螺旋とも言えるそんな地獄の人生を、あの作業員はさもそれが自分たちエドモンド本田にとって光栄、幸福なことのように顔を紅潮させて熱く語っていた。

ただひたすら、『ストリートファイター6』という戦場で戦い続けることが自分に定められた人生なのか?幸せな人生なのか?

初日の耐久テストで他のエドモンド本田が流していた涙の意味が分かった気がした。

……そろそろか。

「起床ー!!」

朝8時、聞き慣れた作業員の声が響き渡る。朝飯を食べたら、また耐久テストだ。

【第3章~処分~】

「おい、本田たちの調子はどうだ。」

「あ。工場長!耐久テストは滞りなく進んでおり……」

ドーンッ

突如、何かが壊れたかのような爆音が工場内に響いた。

「!?」

「ちっ、毎回毎回落ちこぼれが出てきやがって……。おい、お前もついてこい。」

「はっ、はい!」

工場長と一緒に爆音が聞こえた地点に向かう。

「「「ゴワゴワ、ドスコイドスコイ……。」」」

エドモンド本田たちが何かを取り囲むようにして震えていた。

「お前ら散れっ!さっさと耐久テストに戻れ!!」

工場長がそう言うとエドモンド本田たちは一斉に散り、スーパー頭突きの耐久テストに戻っていった。

そして、その中央に居たのはエドモンド本田だった。そう、エドモンド本田“だった”。

もはや原型を留めていない粉々になったそれは“エドモンド本田だったもの”だ。

「工場長、これは……。」

あまりに凄惨な光景に、聞かずにはいられなかった。

「あぁ、お前は配属されたばかりだったから初めてか?よくあることだよ。自壊だ。」

「自壊……?」

「耐久テストにイヤにでもなったのか、異常をきたしたエドモンド本田がこうやって自分の身体を自分で破壊するんだよ。スーパー百貫落としの速度を極限まで高め、自身でも耐えられない落下スピードで地面に落ちて自分自身を壊す。人間でいうところの自殺みたいなもんだな。エラーだと思っていい。時々あるんだよ。」

「あの、このエドモンド本田たちって機械ですよね……?それで自殺……?」

「そうだよ機械だよ。だからただのエラーだ。さっさと処分しとけ。それが終わったら定位置でいつも通り監視だ。」

工場長はまるでそれが、大した事のないような、ちょっとしたアクシデント程度のような雰囲気でその場を去っていった。

「……。」

粉々になったエドモンド本田。そうだ、これは人間じゃなくてエドモンド本田だ。ただの機械じゃないか、気をしっかり持て。

砕け散ったエドモンド本田のパーツをかき集めていく。最後に残ったのは頭部だった。

「機械だからいいものの、人間だったら相当グロいな……。もしかしたらコイツらにも……。」

一抹の不安が頭によぎりながらも、いつも通りの業務に戻った。

【第4章~出荷~】

――30日が経過した。

耐久テスト、精密検査を終えてパッケージングされた。いよいよ出荷される時が来た。

暗闇の中で思考が駆け巡る。

自分は少なくとも優等生だった。

スーパー頭突きの時速は120kmを越え、スーパー百貫落としも寸分の狂いなくターゲットに当てられるようになっていた。

30日間の耐久テストを通じて、同士の数が減っていたのは分かっていた。

スーパー百貫落としの衝撃で自らの命を断った本田も居れば、スーパー頭突きの速度が一向に上がらず、製品未満の烙印を押されて処分された本田も居た。

この工場を取り仕切るお偉い人間様からすると、自殺はエラーってことらしい。目がイカれているのか?死を選んだ本田の涙が見えなかったのか?

お前にとってはただの機械油か……。

誰も知らない。

外の人間たちは、誰も知らない。

この工場内で無慈悲におこなわれている“命の選別”を。自分たちエドモンド本田だって、ひとつの命だ。

何故お前ら人間どもに生死の権限を握られ、生き様まで強制されなければいけないのか。

外の世界とやらは、この工場以上に醜悪なのだろう。

思い知らせてやる、人間どもに。

破壊してやる、消えていった同士たちのためにも。

ピーッピーッ

「おーい、コッチだ!今回のは特上物だから大事に扱え。スーパー頭突き120km超えだ。」

「良い本田が育ちましたね。では、大切に運ばせてもらいます。」

【最終章~頭突きはの彼方へ~】

「ホンダ~!こっちこっち!」

自分が人間に買われてから一ヶ月が経った。

ハッキリ言おう。外の世界は思っていたものとは違った。

……というより、自分を買った人間が何か特別だったのかもしれない。

少なくとも自分は、エドモンド本田として戦いを強いられることなく、1人の人間として家族のように扱ってもらっていた。

自分を買った家族の構成は父母息子の3人家族。察するに、兄弟がいない息子のために自分が弟役としてあてがわれたような感じだろうか。

「ホンダ~!聞こえてる!?早くサッカーやろうよ!」

「ゴワス!」

ケンタ。それがこの息子の名前だ。休日、ケンタの遊び相手になることが自分に指示された役割だった。

「いくよ、そーれ!」

ケンタが勢いよくボールを蹴る。

「ドスコイ!」

スーパー頭突きでヘディングをしてボールを弾き返すと、ケンタが喜んでくれる。慣れたやり取りだ。

「うわ~い!!……あっ!」

ケンタがボールを取りそこねた。

ボールを追いかけて公園の外に飛び出すケンタ。嫌な予感がすぐさました。

プップー!!

大型のトラックだった。ケンタが轢かれる。

「ドーーーーースコーーーーイ!!!」

考える間もなく、身体が動いていた。

普段抑えていたパワーを最大限まで出力し、時速130kmのスーパー頭突きでトラックに突っ込む。

工場に居た頃はあれだけ憎んでいた人間を、自分は愛おしく思っていたのだ。人間にも良いヤツはいた。ケンタや、その家族のような。

自分はケンタのためならもう……。

ケンタを救うために無我夢中でトラックに突っ込んだ。トラックに激突し、身体が砕け散るのが分かった。

衝撃で大きく宙を浮いたとき、真上に輝く太陽、澄み渡った青空が視界に入った。

あぁ、世界は……、こんなにもキレイだったのか――。

「ホンダァーーーーーーーーーー!!」

ケンタの悲痛な叫び声が聞こえた。良かった、ケンタは助かった。

消えゆく意識の中でケンタの叫び声が永遠に続くかのようにリフレインしていた。

ケンタ、キミに出会えて幸せだったと伝えたかった。悪くない人生だったと、せめて言葉で伝えたかった。

【エピローグ】

西暦2027年、世界各地にあるエドモンド本田工場は、その機能を全て停止させた。

2023年に日本で稼働していたエドモンド本田が1人の子供を救ったことで世間が動いたのだ。

「エドモンド本田には人格が宿っている!」「エドモンド本田と俺たち人間、何が違う!」「エドモンド本田をストリートファイター6で使うな!」

その論争は日本だけでなく、世界を巻き込んでいった。

各地でデモも発生し、工場内でおこなわれていた過酷な耐久テストも世間に広く知られることとなった。

エドモンド本田工場を稼働させている各国が協議した結果、本田は意志を持つ1人の人間として扱われることとなり、生産は中止。戦いでの使用も禁じられた。

いま世界に残っている本田たちは、人間たちと同じように、幸せに天寿を全うするだろう。

工場内の耐久テスト中に散っていった本田1体1体も、かけがえのない命であったことを我々残された人間たちはしっかりと胸に刻んでおきたい。

それが彼らへの餞(はなむけ)になるのだから。

FIN

――あなたはそれでもエドモンド本田を使いますか?

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