今から語るのは、とあるパイナップルの悲劇的な物語である……。
「そろそろこいつも出荷の時期か」
早朝、農夫の声で目が覚めた。
俺はパイナップル。仲間内では“パイ男”の愛称で親しまれている。人間様に食べられるため、今まで飼育されてきたのだが、いよいよ出荷の時期が来たようだ。
ついに来たか、このときが……。
身体が火照る。俺の行き先はパフェか、フルーツ盛り合わせか、それとも単品で食べられるのか。楽しみだ。人間様に美味しく食べられることこそ、パイナップル冥利に尽きるんだ。
「パイ男、行っちゃうの……?」
声をかけてきたのはパイ美だ。俺のガールフレンドであり幼馴染だ。関係?そうだなあ、友達以上恋人未満ってところかな。
いやだよ、パイ男……いかないで。
そんなこと言われてもな……。定められた運命に抗うことは出来ない。
パイ男「パイ美、俺だってお前と会えなくなるのは辛いよ。でも、俺たちは人間様に食べられてなんぼの人生だろ?短かったけど、その、ありがとな」
パイ美「いや、いやだよ。私、パイ男のことずっと前から……」
やめろ、それ以上言うな。お前の気持ちは俺だって分かってる。
パイ男「そろそろ時間だ。じゃあな。出荷がお前と一緒じゃなくて残念だった。今まで“良い友だち”でいてくれてありがとうな」
パイ美の言葉、つまり告白を遮るようにして別れを告げた。それを受け入れたところでどうなる。余計に辛いだけじゃないか。いつかは離れ離れになる。それなら友達で終わらせておいたほうがお互い幸せなんだ。
よっこらせっと。
農夫に担がれる。この農場で過ごした幸せな日々もお別れか。とはいえ、これから俺を待ち受けるのはもっと幸せな出来事なんだ。人間様が俺を美味しく食べてくれるのだと思うとワクワクが止まらない。
パイ美との別れは辛いが、これからの運命が楽しみなのもまた事実なのだ。
いやーーーーー!!
パイ美の悲鳴が聞こえる。俺は、返事はしない。お前も、美味しく人間様に食べられろよ……。
ガタンゴトン。
揺れる車内で今までのパイ生(パイナップル人生)を振り返る。
色々あったな……。悪友のパイ次郎と大喧嘩したり、パイ美とパイの実をぶつけ合ったり、本当に色々あった。我が人生に悔いはない。あとは美味しく食べられて、それで終わりだ。
キーッ。
過去の思い出に耽っているうちに、現場へ到着したみたいだ。
「ゴニョゴニョ」
「ゴニョゴニョ。じゃあ、あとは頼みます」
「ご苦労さまです~」
ゴトッ
ここは……スーパーか。つまり俺は単品で売られるということだな。
スーパーは当たりな就職先。農場に居た頃の仲間がそんなこといってたな。単品売りされるから、しっかりと調理されて、人間様に喜んで食べられるらしい。
ただ、それとは別でなんか言ってたな。例外があって、それはなんだかヤバいらしいのだが、忘れてしまった。ま、例外ってことだから、問題ないだろう。しかし、客が沢山いるなあ。早く誰か俺を買ってくれないかな。
「ママー、パイナップル!!」
お、キッズが俺に気付いたぞ。
「ママー、パイナップルほちぃ!!」
「ダメよ、今日の夕飯は……なんだから!!」
「ヤダヤダ、買って買って~!!」
母親の言葉がよく聞き取れなかったが、キッズ頑張れ。あとひと押しだ!
「買ってよ~~!!!」
「はぁ……、うるさい子ねえ。今日だけだからね。その代わりこのパイナップルは夕飯に入れちゃいますからね」
「はぁ~い」
俺はキッズの母親に抱かれ、スーパーを後にした。“夕飯に入れる”っていうのはどういうことだろう。デザートでもないよな……?ま、問題ないだろう。俺のパイ生ももうすぐ終焉。人間様に美味しく食べられてハッピーエンドだ。
ゴトッ。
母親「さて」
ザクザクザク
包丁で切り刻まれる。
ギエピーーー!!!
痛い。痛すぎる。俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった。しかし、この悲鳴は母親に届くはずもなく、俺は更に切り刻まれていく。
ザクザクザクザクザクザク
きてはぁー!!
ザクザク、ザク。
終わった。俺の身体が完全に分解された。酷い痛みだったが、これで最期だ。あとは美味しく食べられて俺のパイ生(パイナップル人生)も終わるんだ。あとは楽しみしか残ってない。さぁ、終わるぞ俺のパイ生が!!
母親「さて、じゃあこのパイナップルを酢豚に乗っければ完成と」
は?酢豚!?
思い出した。そう、農場仲間の言葉を。“例外”ってのは酢豚だ。あいつの言葉が一字一句間違いなく思い出された。
「スーパーは当たりなんだけどな。でも例外があんだよ。酢豚ってやつ。お前、あれに入れられたら終わりだよ。酢豚ってのは熱い料理でな。パイナップルの相性は最悪。苦しんで死ぬことは確実。しかも、酢豚にパイナップルってのは多くの人間に嫌われてるらしいんだ。なんでそんな嫌われていて酢豚にパイナップルを入れるのか。それは分からないんだけどな。酢豚に入れられるのだけは、避けなきゃならねえよ」
そう、こう言っていたのだ。苦しんで死ぬことは確実。
いま、俺の真下にあるのは間違いなく酢豚だ。熱気で分かるし、母親本人も言っていた。
アチィ。熱いよ。どうかしてんだろ。この熱い料理に俺を入れるのか?それで本当に美味しくなると思っているのか?どうかしてんじゃないのか?俺パイナップルなんだけど?冷たい果物をこの熱い料理に入れるって正気か?え、マジ?
熱いよ。なんだよこれ。パイ美、パイ美、助けてくれ。
母親「これで完成っ!!」
俺の身体が落ちていく。時間の流れがゆっくりに感じる。熱気で息もまともに出来ない。熱い。苦しい。なんで俺の最期がこんなことに。本当だったらパフェに盛り付けられたり、キャバクラのフルーツ盛り合わせに入れられたりする幸せなパイ生だったはずだろ。なのに、どうしてこんな。酢豚ってお前。アッツ。いやアッツ!!熱気すごっ!アツ!!
ジュッ
ギャーーーーー!!!
ついに酢豚の上に乗っかってしまった。耐えられない熱さ。早く殺してくれ。もう生きていたくない。食べてくれ早く。苦しい。苦しいのにまだ死ねない。助けてくれ。
母親「モエ子~、夕飯出来たわよ~」
モエ子「はぁ~い」
母親「今日の夕飯は酢豚よ。あなたが昼に欲しがってたパイナップルも入れたからしっかり食べなさいね」
モエ子「わぁいパイナップル。モエ子パイナップル大好き」
ヒョイパク
モエ子という少女が俺の身体を口に運ぶ。あぁ、やっとラクになれる。
モエ子「って不味っ!!」
ペッ
吐き出された。いま確かに、「不味っ」と言ったような……。
モエ子「ママ、不味いよ。酢豚にパイナップルって絶対合ってないよ」
母親「そうかしら、じゃあこのパイナップルは捨てちゃいましょう」
ドサッ
捨てられた。このまま腐って死んでいくのか。身体は切り刻まれたうえに、酢豚の熱さで火傷も負って正気が保てなくなってきた。
こんな最期になるのなら、パイ美の告白に応えておくべきだったかもしれない。パイ美は、俺は美味しく食べられて幸せな最期を迎えたと思っているんだろうな。
フッ、笑えねえよこんな死に様。美味しく食べられることこそがパイナップル冥利に尽きるってのに、不味いって言われて、吐き出されて、それでゴミ箱かよ。このままだと死ぬことも出来ねえし、腐るのを待つしかねえ。最悪だよ。
パイ美、この声はお前に届かねえけど、最後に言わせてくれ。
俺もお前が好きだった。
FIN
この物語はこれで終わり。私は読者に問いたい。
あなたはそれでも酢豚にパイナップルを入れますか
以上です。