※この物語はフィクションです。実在のゲーム、キャラクター、団体名とは一切関係ありません。
「くだらねえ……」
そう呟いて、冷めた面をして歩く。
新作格ゲー『ストリートファイター6(以下スト6)』が稼働して1年が経った。ホームのゲーセンには、敵になるような相手がいなかった。
スト6で登場した新キャラクター“キンバリー”を使い、ここ半年は一度も負けたことが無い。
俺が強いのか、周りが弱いのか……。それが分からず、世界の強さを確認するため、電車に乗って一駅先のゲームセンターに足を運んだ。
しかし、そこでも俺とまともに戦える相手は存在しなかった。
「なんだよこいつ!」「強すぎだろ!」「ハメんじゃねえ!」筐体の向こう側からそんな怒号も聞こえた。俺はそんな怒号を無視して構わず最強コンボを叩き込み、相手をなぎ倒す。
オレが編み出した最強コンボを避けれるプレイヤーは誰もいなかった。
全てがくだらなく思えた。昔オレが目指していた最強とは、こんな虚しい世界だったのかと。
「あ、あの……。良かったら私と付き合って……」
ギャラリーの女性から告白されることも多々あった。しかしそんな女は無視していた。こいつらはオレが好きなのではなく、ただ強いキンバリーが好きなだけなのだと分かっていたからだ。
オレがもし格ゲーが弱い人間だったら、この女はオレに声をかけてこない。そう考えると虫唾が走ったのだ。オレじゃなくて、強いキンバリーが好きなだけなんだろ。
家に帰り、やり場のない虚しさと怒りを母親にぶつける。
「ババア、メシ!!」
そう叫ぶと、母親が夕飯をすぐに運んでくる。
「おかえりタカシ、今日もゲームかい。夕飯はタカシの好きなハンバーガーだよ。」
「ゲームじゃねえっていつも言ってるだろ!」
そう怒鳴りながらハンバーガーと白飯を貪り、部屋に戻る。そう、オレがプレイしているストリートファイター6はゲームなんていう生易しいものじゃない。戦争だ。プライドを賭けた戦争。
「ふぅ……。んだよ、この世界は……。」
天井を見つめながらそう呟いた。イチローもそうだったのだろうか。羽生善治もそうだったのだろうか。頂点とは、こんな虚しい世界なのだろうか。
……いや、俺はまだ全てを見ていない。明日起きたら、今度は二駅先のゲーセンに顔を出してみよう。
――明朝
今日は二駅先のゲーセン“ラウンドツー”に向かう。小耳に挟んだが、どうやら物凄い強いプレイヤーが居るらしい。
聞くところによるとそいつの通り名は屈伸のヒロシ。なんだか舐め腐った名前だ。どう考えても強そうな相手じゃない。
電車に揺られながらそんなことを思っていたら、駅に着いた。
5分ほど歩いたところにある“ラウンドツー”、かなり大きいゲーセンだった。中に入ってみると、駅近くという好立地もあってか人で溢れていた。
人混みをかきわけ、ストリートファイター6の筐体にたどり着く。
なにやらギャラリーが出来ていた。
「出た、ヒロシの高速屈伸!」
ギャラリーの声が聞こえ、屈伸のヒロシが今まさに戦っていることを理解した。見た目は20そこそこの子供だった。使っていたキャラはリュウ。
高速屈伸って、またガキみたいな煽りを……。
「!?」
ゲーム画面を見て、度肝を抜かれた。
カクカクカクカクカクカク
こいつがやっているのは屈伸なんて生易しいものじゃあない。ましてや舐めプレイなんかじゃあない。額から冷や汗が垂れるのを自分でも感じた。その汗をぬぐうことも出来ず、俺は呆然と画面を注視することしか出来なかった。
「おいオッサン、ヒロシを見るのは初めてか?」
若者が声をかけてきた。ハッとして我に返る。どうやら挙動不審に見えたらしい。だが、俺はまだ38だ。オッサンじゃない。
「あ、ああ……。」
情報収集のため、話を合わせて相槌を打つ。
「あれ、ただの屈伸に見えるだろ?煽ってるように見えるけど違うんだ。」
「ああ。」
それは分かってる……。だがこんなこと人間が可能なのか……?
「あいつのやってること、それはな……」
そう、それは、1フレームの概念を超え、0.5フレームで直立としゃがみを高速で繰り返す。
「超高速で立ちとしゃがみを繰り返すことによる無敵のガードだ。煽ってるわけじゃねえよ。」
この若者の言う通りだ。超高速で繰り出す立ちガードとしゃがみガードによって、中段技と下段技を完全に防いでいる。0.5フレーム間で繰り出しているため、ゲーム内では実質無敵のガードになっているのだ。
分からないヤツには、ヒロシのプレイは煽りにしか見えないのだろうな。
しかしこのヒロシというプレイヤー、どれだけの苦行を積めばこんなことが可能に……。
!?
プレイしているヒロシの手を見て愕然とした。人差し指が……無い。
「気付いたか。」
若者が再び声をかけてくる。
「アイツ、屈伸のやりすぎて指を1本丸ごと持っていかれたらしい。」
「な……。」
「格闘ゲームを“究める”っていうのは、そういうことなんだろうな。アイツにとってはゲームなんて呼べるチャチなものじゃないだろうが。」
これが屈伸のヒロシ……。俺の知らないゲーセンにまだまだこんな猛者が居たとは。
試合を眺めているうちに恐怖は薄れ、好奇心と闘争心が沸々と湧いてきた。俺はヒロシと戦いたい。
「クソー負けた!勝てるかよこんなチート技使ってくるヤツに!」
ヒロシと戦っていた対戦相手が席を立った。
ギャラリーは多数いたが、誰も座らない。みんなヒロシに勝てないと分かっていたからだ。
「俺、いいか?」
筐体に座っているヒロシに声をかける。
「アンタ新顔か?俺の試合を見てなかったのか。いいよ、入んなよ。」
その言葉に返事はせず、ヒロシの対面に座る。100円を取り出す手が小刻みに震えていた。地元のゲーセンではここ半年無敗だったが、正直ヒロシに勝てるかどうか分からない。
もしかしたら負けるかもしれない。負けるのが怖い?俺はそう感じているのか?違う、俺は……負けるわけがない……!!これはただの武者震いってやつだ!
チャリン
ヒアカムズアニューチャレンジャー!!
筐体から乱入時の効果音が鳴り響く。
俺はキンバリーをセレクト。ギャラリーがどよめく。
「キンバリー?あのオッサン、あの難キャラを使いこなせるのかよ。」「マジかよ、負けるぜ。」「キンバリー使いなんて初めて見たぞ。」
スト6屈指の難キャラ、キンバリー。操作が難しい故、使い手はごくわずか。ギャラリーの反応も当然と言えるだろう。
ヒロシは変わらずリュウを選択。
試合が始まった。
開幕、ヒロシの高速波動拳が飛んでくる。なるほど、景気づけの一発ってヤツか。だがな……
ガキン!
「こんなのは見てからドライブパリィで防げんだよ!甘い波動撃ってんじゃねえ若造が!!」
「「な、波動拳をドライブパリィ!」」
ギャラリーがざわめく。俺にとっては普段のプレイだが、素人が見ると高等技術に見えるようだ。
すぐさま反撃に移る。最強コンボを叩き込み、ヒロシの体力はすでにドットだった。
カクカクカクカクカクカク
「「「出た、ヒロシの高速屈伸!!」」」
「来たか、無敵のガードが……。」
「高速屈伸じゃねえよ……。“インヴィンシブル”だ!!」
立ちガードとしゃがみガードをそれぞれ0.5フレームで繰り返し、1フレーム内で立ちガードとしゃがみガードを成立させる、指の動きが常人離れしたヒロシにしか扱えないであろう究極の防御テクニック。
「ふ、どうする。この無敵のガードをお前に崩すことが出来るか?」
ガッ。ガッ。
ダメもとで中段と下段技をふってみるも、ことごとくガードされる。ゲームの仕様上、これは当然だ。だが、分かっていても……。
カクカクカクカクカクカク
「クソ、どうすれば……。」
「待ってるだけじゃ試合は動かないぜ……?」
カクカクカクカクカクカク
ヒロシの高速屈伸のレバー音だけがゲームセンター内に虚しく響いていた。
「どう崩せば……。」
タイムアップ!キンバリー、ウイン!!
「!」
「な!?」
時間切れ……そうか。自分でも気付かなかったが、この展開があったか。俺は相手が対策を取れないうちに最強コンボを叩き込んで、体力有利の状況を作った。相手の体力はドット残りだったが、こっちは体力有利。
だから相手がどれだけ高速屈伸ガード“インヴィンシブル”を使おうが、攻めてこないならこっちの勝ちだったのだ。
「……やるじゃねえか。まさかのタイムアップ狙いだったとはな。だがな、こっちも伊達に“インヴィンシブル”名乗ってるわけじゃねえぞ!!」
ラウンド2。開幕、怒涛のヒロシの攻めが始まる。ジャンプ大キック、しゃがみ中キック、波動拳の黄金3段コンボが押し寄せる。
「くっ……。対空が間に合わない……!コイツ、ガードが上手いだけじゃない!!」
被弾はしないものの、対空が間に合わず後手にまわってしまう。強い。今までで出会った中で最強の対戦相手だ。
「ハァハァ……。だが、インヴィンシブルを使ってこないならこっちも反撃の手立てはある!」
相手がインヴィンシブルをしてこないなら純粋な立ち回り、差し返し勝負になる。ここで体力リードさえ取れれば、ヒロシはインヴィンシブルを使うことは出来ない。インヴィンシブルはあくまでヒロシが体力リードを取ったときにこそ完成される無敵状態なんだ。
多分、今まではヒロシに立ち回りで勝てる相手が居なかったのだろう。だから体力リードを取られてインヴィンシブルに為す術なくやられていたのだ。だが、俺は違う。伊達にホームゲーセン最強の男ではない。
目が追いついてきた。ヒロシの飛びに対して空中コマ投げが決まる。
ガッ、ドーン。
「甘い飛びしてんじゃねえ!!これでお前は攻めざるを得ないぜ。」
体力リードが取れた。これはヒロシが自身の腕前を過信して攻めてきてくれたお陰ではある……。
「チッ、知っていたか、インヴィンシブルの弱点を……。」
「来ないならさっきと同じようにタイムアップで俺の勝ちだぜ……?」
ガッ、ガッ、ガッ。
今度はオレがヒロシの攻撃を完全に捌く。ヒロシのようなインヴィンシブルを使えずとも、オレには30年余の格ゲー経験で培った防御テクニックがあるのだ。
タイムアップ!キンバリー、ウイン!ゲームセット!!
筺体がキンバリーの勝ちを告げる。
「オレが、負けた……。インヴィンシブルが……。」
「そう落ち込むな。お前が弱いわけじゃない。オレが、強すぎただけだ……。お前のその人差し指、インヴィンシブルで持っていかれたんだろ。ギャラリーから聞いたぜ。」
「ああ、疲労骨折ってヤツだ。気付いたときには切断しなきゃいけなくなってた。だが、人差し指なんか無くても戦えてるから別に言い訳にはしねえよ。だいたいお前にも言ってないだろ。」
「……。ヒロシ、お前は強いよ。今まで出会った中で一番な。」
「……お前の名前は?」
「……タカシ。ホームでは武神流のタカシと呼ばれている。」
ヒロシがそのあだ名を聞いて鼻で笑うと、手を差し出してきた。
俺はそれに反応し、手を出す。
グッ。
固い握手を交わした。俺たちはもう敵ではなく、強敵(とも)だった。
「ヒロシ、あと、そのインヴィンシブルはよく考えると投げに弱いよな。投げだとガード関係ないし。」
「それは知ってる。無敵じゃない。みんなには言うなよ。」
お互いが笑う。
強さだけを求めていたオレの心の中に、何か違うものが芽生えたのを感じた。
――第2話「友情から愛情へ」に続く。
エンディングテーマ『今宵の月のように』