※この話はフィクションです。実在の人物とは一切関係ありません。
【とある無職の独白】
自分は無職で、長期の引き篭もりです――
そう言うと、引き篭もりを名乗ったその男は独りでに語りだした。
「自身の人生が何故こうなったか」その原因の一番は自分を産んだ親ということになる。そもそも生まれるべきではなかったのだが、そこまでいってしまうと極端というか、話にならないというか、話が広がりようもないので、自分の人生が誰に左右されて、悪影響を及ぼされて無職で引き篭もりに至ったかの理由を考えてみた。
やはり、兄の存在でしょう。
この兄という存在がいなければ、自分の人生はもうちょっとマシなものになっていたと思います。
弟として生まれ、少年時代から青年時代まで兄の奴隷として過ごさなければならない、その苦しみ。かたや兄は弟を力で屈服させ、奴隷として十数年も扱い続ける。生まれた順番が違うだけでこの差です。
兄は弟という奴隷を家で使役して王者のように振る舞い、弟は兄の奴隷として卑屈な子供時代を10年以上に渡って過ごさなければならない。
家の中という狭い空間で、常に兄のご機嫌を伺いながら暮らさなければならなかった。自分の部屋というプライベートな空間は貧乏な我が家にはなく、兄の存在に怯え続けなければならなかった。
機嫌が悪い時は単純に八つ当たりの道具にされる理不尽さ。兄はそういう、人の痛みが理解できない人間でしょう。兄以外にも父親の家庭内暴力が少々あったりもしましたが、こちらは本件とは関係ないので省略しておきましょう。自分の人生に悪影響を及ぼしたのは確実に兄です。
私の兄は現在結婚して子供がいますが、そういう人間が幸せに暮らしているというのはどうも不公平に思えて仕方がありません。私の幼少期、青年時代を潰しておいてのうのうと平和を満喫していることは、おかしいと思いませんか。
兄は死ぬべき存在だと思うのです。なぜ兄が生きているのか。これはおかしい。
多分、兄は私に殺されたとしても、「仕方がない」と思うはず。そう思うだけの扱いを自分にしてきたのだ。1人の貴重な少年時代を恐怖で支配し、精神面にマイナスな影響を大きく与えたことをは死罪にあたると言ってもいいだろう。
なぜ兄が私のことを忘れたかのように平気で生きているのか。それが許せない。
法律で兄への報復が許されるような世界であれば、一番いいと思う。兄への報復が法律で許されるなら、兄だって弟を無碍には扱わないでしょう。そうすれば対等の関係を築けるし、仲良く過ごせたと思う。
世の中は狂っていますよ。仲の良い兄弟なんて存在するんですかね。自分には信じられない。
弟という、生まれた時点で兄の奴隷になる運命が定められた哀れな存在を生み出してはならない。そのためには、ひとつの家族に1人しか子供を生んではいけないとか、そういう形にするのも有りではないかと思う。
それだと社会が回らないとかそんなのは知ったことではないです。貴方が2人目(弟)を産むことでその子供は、兄の奴隷として悲しい人生を歩まなければならないのです。
こういうことを書くと親が悪いってことにもなってしまうな。勿論親も悪いというか、そもそも子供を産むこと自体が悪です。でも、やはり兄が一番の悪です。
いや、他人様が子供を産むことは否定しません。確実に幸せな人生を子供に歩まさせる自信があるならどうぞどうぞ。子供を働かせなくても一生食わせてあげるくらいの財力があるなら問題ないと思います。いつか言いましたが、生まれてくる子供は確実に死にます。死の恐怖より勝る幸せがこの世にあると思っていて、それを生まれてくる子供にも保証できる絶大なる自信があるなら産めばいい。そうでないなら親のエゴだし、確実に死の運命を背負わされる子供が可哀想です。
さて、話が逸れましたが、この兄が存在していなければ自分はもうちょっと楽しく少年時代を過ごせたのかなと思います。
常にいじめられていたわけではないのですが、結局のところ本当に兄の機嫌次第の扱いをされたわけです。機嫌が良ければ普通に話すけど、機嫌が悪くなった途端、こちらに死の危険を予感させるほどの行動を取る。
兄の存在が恐ろしくて仕方がなかった。
しかし、今は私は無職で、兄は体裁上は“まともな人間”で通っている。失うものがないという立場では自分のほうが上である。兄が私の存在を恐れてくれればいいのだが……。
自分の人生において唯一、苦しんで苦しんで苦しんで苦しみぬいて死ぬことを願う存在、それが兄である。兄が生半可な死に方をすることは、私や神が許さないでしょう。
天網恢恢疎にして漏らさず。私自身が手をくださずとも、神が裁いてくれることを祈ります。
兄が事故で亡くなったりして、そのときには「ついに死にましたよ」と皆さんに良い報告をしたいです。
兄という存在はそれだけ私にとって特別です。ここまで本気で、亡くなることを祈るような人間は、兄しかいません。兄のことを想うと頭がグツグツと煮えたぎります。急にふと兄の存在を思い出すと、その感情が現れるのです。
私の人生の失敗は、兄の下に生まれたというところです。
――無職の男はそう語り終えると、布団に潜り込んで寝てしまいました。自分自身の人生の失敗、その理由を他人になすりつけ、それで満足したかのように……。
これはフィクションの話になりますが、本当にこういう人間が居たら恐ろしいものですね。
こんな哀れな弟や恐ろしい兄というものが実在するのでしょうか。もし実在するとしたら、この弟が兄に対して抱く感情も納得せざるを得ません。
まあ、フィクションなので、こんな可哀想な弟は流石に居ないと思います。それではさようなら。