※この物語はフィクションです。実在の人物や団体とは一切関係ありません。
――4月某日、閑静な住宅街でその凄惨な事件は起こった。
とあるマンションの一室で起きた殺人事件。亡くなったのは赤井正人。ベッドで寝ているとき、何かしらの凶器で撲殺されたようだ。
現場に到着した刑事、タカシは首を傾げる。
「この事件、妙だな……」
刑事のタカシがそう呟くと部下のケンが答える。
「一体なにがですか?」
「いいか、この部屋を見てみろ」
そう言うと、タカシは部屋の見取り図を広げる。
「無いんだよ……」
「はぁ?」
「凶器が無いんだよ」
タカシに言われ、ケンがハッと気づく。
「た、たしかに!焼き魚、ゲーム機とそのコントローラー、あとはよくわからない白い粉……およそ凶器らしきものは見当たらない」
「そう、どうやってガイシャが殺されたのか見当がつかないんだ」
「じゃあこの事件は迷宮入りですか……?」
「いや、そうはならない。今回は名探偵を呼んでいる」
ガチャ
「お、丁度来たな。少年探偵の金田クンだ」
「どうも、探偵の金田タカシです」
「先輩と同じ名前じゃないですか」
「うむ。ややこしくなるから金田クンと呼べばいい」
「はあ。その金田クン、どう見ても小学生なんですけど大丈夫なんですか?」
「彼は数々の難事件を解決してきた名探偵だ。心配は要らない。金田クン、電話で伝えたとおりだ。この凶器の見当たらない部屋でガイシャは殺された。一体なにが起きたのか、犯人は誰なのか、事件を解決に導いてほしい」
「じゃあちょっと部屋を見させてもらいますよ」
そう言って金田タカシは部屋を見回りはじめた。
「……ふむふむ。なるほど……。この白い粉は……!!」
金田タカシが白い粉に気づく。
「あ、その粉は危険なものかもしれないのであとで掃除機で吸い込む予定でした」
ケンがそう言うやいなや、金田タカシはその白い粉をおもむろに口に含んだ。
「ペロッ、これは……」
「大丈夫ですか!?」
「これは、伯方の塩です。テーブルの上にある焼き魚に使ったのでしょう」
「なんだ、ただの塩だったのか。しかし、流石探偵、洞察力がずば抜けている」
「さて……タカシ刑事、あなたは先程、凶器が見当たらないと言われましたね?」
「あ、ああ……どう見てもないだろうこの部屋には」
「現場をよ~く見てください。そこらじゅうに凶器はありますよ」
「な、なんだって!?」
「ほら、そこにあるニンテンドーゲームキューブ。ゲームキューブには取っ手がありますよね。取っ手を持って思い切ってガイシャの頭に叩きつければ……」
タカシ刑事の血の気が一気に引いた。
「た、たしかに。一見無害とも言えるゲーム機だが、その取っ手を持って殴りかかれば……」
「他にもありますよ。PS4に繋がっているアーケードコントローラー。これだって十分凶器になりえます」
「あの、このアケコン、6個もありますけど、一体……?」
「ああ、ケンさんは格ゲーやらないんですか?アケコンを使って格ゲーをプレイする場合、アケコンが3つ要るんですよ」
「え?」
「足が浮くんです」
「え?」
「足が浮くんです。格闘ゲームをプレイすると、どうしても足が浮いてしまうので、キャラを操作するためにアケコンが1つ。足を浮かせないために、足の上に乗せるアケコンが2つ必要なんです」
「これによって手に入る情報は、一見凶器の無い部屋に見えるがその実は凶器だらけだったということ。被害者は重度の格闘ゲーマーであること。そして、対戦相手が存在していたことです。アケコンが6個あるのでそこは分かりますよね?つまり、その対戦相手というのが」
「犯人、ということですか」
「そういうことになりますね……」
「現場に居た容疑者は確保しています。しかし、凶器が無いのでこの男が犯人とは思えませんでした」
「じゃあ、その容疑者とやらを連れてきてください」
「おい、ここに連れてこい!!」
「サーイエッサー!」
タカシがケンに指示すると、容疑者が連れてこられた。
「金田クン、本事件の容疑者、松原小悟(まつはらしょうご)だ」
「はあ~、早く開放してくれませんかね。私は殺してないって言っているじゃないですか。だいたいどこに凶器があるんですか?」
「それは、ここにいる探偵の金田クンがすべて調べあげてくれたよ。凶器だらけじゃあないかこの部屋は」
「!?どこがだよ。証拠もなく、俺を犯人だというなら名誉毀損で訴えるぞ!!後悔させてやろうか!?」
「アケコン、ゲームキューブ、PS4、テレビ……殺そうと思えばこれらを使って簡単に正人さんを殺すことが出来ます」
「ふん、違うね。確かに俺は正人を殺した。だが、そんな分かりやすいもので殺したわけじゃない。そんなので殺したら簡単にバレるからな。さあどうするんだよ。証拠は無いぜ」
「金田クン、どうやらキミの推理は違ったみたいだぞ!!」
「チッ、このボクとしたことが推理を間違えるだと……!?タカシ刑事、もう1度見取り図を見せてくれ」
「白い粉、アケコン、ゲームキューブ、テレビ、PS4、どれも凶器じゃないだと……?クソッ、考えるな、感じるんだ。じっちゃん、俺に力を……」
……
…………
数十秒の沈黙が流れる。
「金田クン、大丈夫か……」
「!?」
ハッとする金田タカシ。
「一つ大事なものを見落としていましたよ」
「しかし、もう部屋はすべて調べあげて……」
「見てください、こいつです。凶器はこれしかありえません」
「焼き魚?どう見てもただの食べ物ですよ。毒殺でもしたというんですか?だとしたらガイシャからは打撲痕が見当たらないはず」
「そうじゃあないです。ケンさんの言う毒殺ではありません。ガイシャの遺体を見れば分かる通り、これはれっきとした撲殺です」
「この焼き魚で撲殺ですか?出来るわけじゃないですか」
「凍らせていたとしたら、どうですか」
「!?」
「この、焼かれる前の状態、つまり冷凍されていた魚で容疑者は正人さんを撲殺した。そのあとは魚を解凍してキッチンで調理。そして食卓の上に置けば凶器は完全に闇の中……と、こんなところでしょうか」
「グッ……」
松原容疑者が顔を歪ませる。
「どうやら、私の推理は当たっていたということですね。冷凍した魚で正人さんを撲殺し、その凶器に使った魚は焼いて調理した。間違いないですね」
「探偵様の言う通りだ。俺が殺したんだ。でもな、あいつが悪いんだ」
松原小悟は語りだす。
「俺と正人は友達だった。いつかプロゲーマーになろうなって言い合って、お互いプロゲーマーを目指していた。昨日も、お互い切磋琢磨するために格闘ゲームで対戦していたんだ」
「そんな友達をどうして殺したんだ!!」
ケンが激昂する。
「あいつが、バカにしたからだ。俺のプレイをな。適当だなんだって言って、俺はしっかり考えてプレイしていたのに。それでカッとなって、冷凍庫にあった魚で撲殺し、死体をベッドに運んで寝かせた。あとは、そこの探偵様の言うとおりだよ」
松原の目には涙が浮かんでいた。その涙は、間違いなく亡き友を想う涙であった。
「松原、亡くなった人間は戻ってこない。お前は、やってはいけないことをした。分かっているな」
「はい……」
ガチャッ
タカシ刑事が手錠で松原の手を締め付ける。
「16時52分、犯人確保!これより連行する!!」
部屋を出る前に松原が振り返り、誰にも聞こえないような小さな声で遺体に語りかける。
「正人、すまない……。お前と、もっと格闘ゲームをしていたかった」
FIN
――後悔とは、前に来ないから後悔なのだ。自分の正義を信じて自分の道を進むことは素晴らしいことである。しかし、他人に迷惑を掛けては、それは正義ではなくなる。
他人の道へ石を投げ、その道を傷つけてはならない。
それぞれの人生という名の道が交差することは無い。
だが、その道を傷つけることは出来てしまう。その逆も然り、その道が傷ついているなら、慈愛の水を降らせて癒やすことも出来る。それが“思いやり”という精神である。
後悔の無い人生を――。慈愛に満ちた人生を――。